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6. 会いたい一心で 「19時13分」 現在時刻が読み上げられる。 点滴を付け、分娩監視装置を付け、助産婦さんが内診する。 「早い!…全開大になったよ!」 「本当ですか…?」 …もちろん苦しいけれど、 『もう産める』という安心感のせいか、 ものすごい陣痛も分娩台に上がった途端和らいだ気がする。 この際痛みをこっちから迎えに行く気持ちで天井を仰いでいると、 「息みたくなったら、息んでいいからね!」 いよいよ、この言葉が聞けた。 助産婦さんは分娩監視装置から陣痛の波を読みとると、 陣痛のピークに合わせて会陰を押さえる。 ―あたしに出来ることは、見よう見まねで息んでみること! 「そうそう、じょうずじょうず!…呼吸しっかりね!」 息んだ後に乱れた呼吸では、赤ちゃんに酸素が行かなくなってしまうと聞いた。 …ピュッチも頑張ってるんだ。 あたしは涙目で呼吸を整えるけれど、 ふいにまた次の陣痛が襲ってくる。 荒い息も、息み声も、どれも自分のものとは思えなかった。 まるで何かのフィルター越しに他人を静観しているかのような…、 そんな錯覚すら覚えた。 未知の痛みを受け入れて、 それでも何度も何度も全身全霊で息むしかなくて。 それは挫けて投げ出すわけには行かなくて、 誰しもがやり遂げることしか許されない。 子供を産むって、こうゆう事なんだ。 「旦那さん呼んできてー」 助産婦さんがナースステーションに声をかける。 何度息んだんだろう。 時計を見ると、分娩台に上がってから約40分が経過していた。 分娩はどのくらい進んでいるんだろう…。 あとどれくらい息んだらピュッチに会えるんだろう…。 …聞くのが怖くて聞けなかった。 なぜなら、 会陰をマッサージする助産婦さんの手が、産道の奥まで伸びているのが判るから。 それはつまり、 ピュッチの頭はまだまだ出て来ていないという事…。 「大きく鼻から息を吸って下さいねー」 看護婦さんにより、酸素チューブが鼻にあてがわれる。 …こうして少しでも気が逸れると呼吸が乱れて、 陣痛はむろん、腰が割れるように痛い。 体力も、気力も持つかどうかわからない。 …あたし…、 産めるのかな…。 そう思い始めた時、 「…頑張って!○○(ピュッチの名前)も頑張ってるよ!」 ―旦那さんの声がした。 見ると、頭上に心強い顔…。 そっと手を握り、 あたしは、心の底から『うん』とうなずく。 そうだ…。 あんなに狭くて暗い産道で、ピュッチも一緒に頑張ってる。 …あたしが頑張らなきゃ、誰が頑張ってあげられるの!? 吹き出る汗を旦那さんが手で拭ってくれる。 産まなきゃ終わらないんだ。 陣痛を待ち、思い切り息む。 あたしは無心でそれを繰り返した。 何度も、何度も、何度も。 「…○○(あたしの名前)、頑張れ!!!」 …ふいに、 連絡を受けて駆けつけてくれた母の声が廊下から届く。 かつてこうしてあたしを産んだ、母の勇ましい声…! 「…うん…!」 あたしは力を振り絞って返事をする。 ―午後8時20分頃。 分娩台に上がってから1時間あまり。 「ドクター呼んで」 助産婦さんが看護婦さんを促すと、分娩室は急に慌ただしくなった。 頭上の照明が一斉にあたしを照らすと、 足にカバーを掛けられ、 看護婦さん達がそれぞれ何かの準備を始める。 …先生が来る。 という事は、もう少しで産まれるに違いない…! 「破水させますよー」 助産婦さんのその言葉と同時に、あたたかい洋水がどっと流れ落ちた。 陣痛が強くなる。 一緒に呼吸をリードしてくれる旦那さんをぼうっと見つめながら、 あたしは頭の片隅でピュッチのことを考えた。 …初めて妊娠がわかった時のこと。 …つわりや不安と戦った日々のこと。 …初めて胎動を感じた初夏の頃のこと。 …旦那さんがおなかに話しかけたある夜のこと。 …大きなおなかで旅行に行ったこと…。 「…赤ちゃんがハマった感じ、わかりますかー?」 助産婦さんが大きな声であたしに呼びかける。 「これはね、母親のあなたにしかわからないんだよ」 頷くあたしの視界に、先生の姿が見える。 あと少し…あと少し…! 「頑張れ、頑張れ!」 旦那さんも、もうすぐパパになる。 長く長く、待ち望んだピュッチとの対面はすぐそこなんだ…! あたしはピュッチに会いたい一心で、ただただひたすらに息み続けた。 早く会陰切開をするならしてほしい。 とにかく…裂けてしまいそうに痛い…痛い、痛い! 「呼吸短くしてー」 「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…」 先生と助産婦さんをはじめ、いつの間にか数人の看護婦さんがあたしを囲む。 全員で呼吸をひとつにすると、なぜか涙が溢れ出した。 そしてついに…、 「赤ちゃん出てきますよー、顔上がりますかー?」 …ここから先の光景は、一生忘れない。 あたしの両足の間、おなか越しに、 ピュッチの頭が見えた。 「あと少しですよー、呼吸短くねー」 次に左目を開けた顔、 体が見えて、 ―10月14日午後8時39分。 ピュッチは、 先生に抱えられながら、あたしの体から離れていった。 「産まれましたよ…!!」 …おめでとうございます、 …おちんちんついてますよ…と、 看護婦さん達が次々連呼する。 …あたしは聞きながら、 やっとちからを抜き…、天井を仰いだ。 …夢じゃない。 …産まれたんだ…! 次へ>> |





