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2. 風友と離れた夜 「…では、2階にどうぞー」 間もなくして産院に着いたあたしたちは、 少し年配の看護婦さんに誘導されながらナースステーションへと足を運んだ。 検診では滅多に足を踏み入れない産院の2階は、 中庭の吹き抜けに隣接するナースステーションを囲むように、病室や分娩室が配置されている。 すでに面会時間を過ぎているからか、 フロアは、やけに静か…。 一人、状況がわかっていない風友の声が大きくて、 あたしと旦那さんは、看護婦さんに対して頭を低くしながらナースステーションに入った…。 …すると、 「…あ、Aさん…!!」 デスクの向こうから現れた当直の助産婦さんを見て、 あたしと旦那さんはほぼ同時に目を丸くした。 …そう、 Aさんは、2年前にここで風友を取り上げてくれた恩人なんです! だけど…、 「…はい、こんばんは…?」 残念ながら、Aさんはあたしたちの事はうろ覚えみたい。 年間沢山の赤ちゃんを取り上げているのだから、無理ないかな…。 …それでも、 受け答えの端々で、あたしたちの事を覚えているように気遣ってくれるAさんは、この産院一番の腕利き助産婦さん! うまく行けば…、 明日の朝までにチュッちゃんが産まれれば、 また、Aさんに取り上げてもらえる…! …あたしと旦那さんは、思いがけなく心強い味方を付けたような気持ちになった。 「…では、荷物と書類を預かりますね」 …そして、 ここからは風友の時と同じように、入院の手続きが進んでゆく。 まずはソファーに腰掛けて、血圧測定・検温を済ませると、 分娩承諾書などの書類や、産後に着るパジャマなどを看護婦さんに預ける。 それから…、 「では内診して、お腹に機械を付けましょう」 …そう、 分娩室の分娩台に移動。 たしか風友の時は、分娩台とのいきなりの対面に、とても驚いたっけ…。 「子宮口は…まだ1.5cmくらいかな…」 …Aさんから内診の結果を聞きながら、 あたしは、 2年前の自分と、今の自分とを重ね合わせていた。 前回のお産の流れを知っていることが、 あたしの強みでもあり…同時に弱みでもある。 『二人目は早いし楽だから』 皆の言うその言葉が本当なら、 一度ここで経験している痛みだもん、 …乗り切れそうだとも思う。 だけど…、 どれだけ痛いかを知っている身としては、 やっぱり…、怖さや不安は、完璧には拭えないよ…。 「…じゃあ、40分くらいモニターしますね」 …分娩台に寝ころんだまま、分娩監視装置がお腹にセットされると、 Aさんと入れ替わり、旦那さんと風友が分娩室にやって来た。 「陣痛、きてるの?」 風友を抱いた旦那さんが、分娩監視装置に目をやる。 「…うん…今、痛くなってきてる…」 …そう、…思い出してきた。 監視装置にはお腹の張り具合(陣痛の強さ)が数値で表示されるので、 見ている旦那さんにも、 あたしがどのくらいの痛さを感じているのか…、だいたいは想像がつくんだよね。 「…これって…、どのくらいまで数値が上がるんだっけ?」 「さぁ…忘れちゃったけど…、…ちょっ、かざ…うるさい!」 旦那さんは首をひねりながらあたしの問いに答えると、 すぐさま、風友を叱りつけた。 だけど…、風友は全くへこたれる様子もないみたい。 例えば旦那さんが一度でも抱っこから下ろしたら、 分娩室の中を思い切り駆け回りそうな勢いだった。 ちいさな風友に状況を理解しろと言う方が無理かもしれないけれど…、 これは…、 ここに風友が居たら、マズいかな…。 「…多分このまま入院になるし、何かあったらすぐに連絡してもらうから…」 あたしは、旦那さんに風友を連れて実家に向かうよう促した。 「…それがいいのかな…、そうだよね…」 仕方がない、と言うように、旦那さんも頷く。 「かざちゃん…、………」 『いい子にしてるんだよ』 と言いかけて、あたしは言葉を飲み込んだ。 あたしと離れ離れになる事を気付かれてはならない…。 風友のため、 このまま、すんなりと別れようと思った。 「…かざちゃん、お外行こっか」 旦那さんがはしゃぐ風友をたしなめると、 あたしたちは、どちらかともなく伸ばした手を握り合い、 次に、軽く目配せをした。 「パパ…そと!そといく!」 「うん…、行こう」 旦那さんは、風友を抱き上げて分娩室の出口へ向かう。 とうとう…この時が来てしまった。 「ママ、ここで待ってるからね…」 あたしは小さく呟いたけれど、 『お外』が大好きな風友は、 あたしの思いをよそに、 一度も、あたしを振り返らなかった…。 次へ>> |





